(この物語のあらすじ)
フリーライターの莉子は、店主のハルコさんがおいしい朝ごはんを作る「カフェ あした」の常連客。東京から遠く離れた架空の小さな街・夢野市で、愉快な人びとや魅力的な食材が出会って生まれる数々の出来事。
そんな日常の中で、主人公の莉子が夢をかなえる鍵を見つけていきます。最終週(第8週)は「種をまく」。
第52話:生き方を変えたあの日
(最終週(第8週):種をまく)
「動かないでいいですって、そのまま寝ててください。お店じゃないんですから」
無理に起きようとするとまだ腰が痛むみたい。
「もう歳なのかな。無理した覚えはないんだけど、苗床を持ち上げたときにギクっとやっちゃったのよね。
今日、雨の天気予報が出ていたでしょう?それで、週末に頑張りすぎちゃって」
ハルコさんは照れて笑う。
「いたた……、悪いね。莉子ちゃん、初めて来た人に頼んで悪いんだけど、自分でお茶、入れてくれる?
もし、おなか空いてたら、手作りのグラノーラがあるわ。台所は、そこ、突き当たりののれんをくぐって……、で、うん、そこにお茶があって」
ハルコさんの遠隔操作で、操り人形のように台所に入る。
白いホーロー鍋で湯を沸かし、ティーカップにお茶を入れる。瓶に入ったグラノーラは何種類もの果物やナッツが入っていて、見るからに美味しそう。
棚の上にはざるとボールが重なり、濃い赤や深い黒色の液が入った瓶詰めがタイルの上に並んでいる。
料理を愛する人に使い込まれたキッチン道具は、カフェあしたと同じ雰囲気をかもし出している。
お茶とグラノーラ、牛乳をお盆に載せてたたみの部屋へ戻ると、ハルコさんは開け放した縁側から、水田を眺めていた。
「今年もなんとか無事にすんで良かった」
「なんのことですか?」
「わたしね、カフェやりながら農業してるの。言うなれば兼業農家ね。でも、農業がしたかったわけじゃない。生活のためにカフェをしているのでもない」
頭の中には疑問符が次々と浮かんでくる。
「自分が楽しく幸せに生きていくための、一つのこたえだったの」
ハルコさんは出来る限り自給自足を目指しながら、料理人の経歴を生かして朝ごはんの店をするという生き方を選んだ。わたしと同じ、30歳のときだったという。
腕のなるフランス料理の調理師だったハルコさんは、数々のコンクールで賞を取り、業界ではちょっとした有名人だったらしい。
最年少ともいえる29歳で東京の有名ホテルの副料理長になった。
料理長を目指したが、夢への道は平坦ではなかった。
完全な男社会。毎日朝から晩までたちっぱなしの重労働。
コンテストに出場したり、理想とするレストランで働くチャンスを得るために、業界の重鎮への根回しが求められた。
腕を磨きながらも立食パーティーに参加して顔を売ったり、ライバルの店に自腹を切って食べに行き、研究をしたり技を盗む努力をしたり。
「で、ある日、包丁を握るのもいやになってしまったの。心と体が疲れきってたんだね。
あの時は自分でも気付かなかった。頭の中でもう一人の自分が、もっと頑張れるのに!って大声で励ましてたから」
このままじゃ、夢だった料理人の世界そのものを嫌いになってしまうと思ったそうだ。
でも、やっぱり踏ん切りはつかなかった。
「ケイがね、休まなきゃ駄目だって叱ってくれて、2人で夢野市に来たの」
ホテルで食べた夢野市の野菜と米の味がずっと心に残っていて。どんなところだろうってずっと思っていたという。
「そしたら、やっぱり夢野はとってもいいところだった」
(明日の朝につづく)
今日のおすすめレシピ「簡単!チョコとナッツのグラノーラ」
(ストーリーに関連するおすすめレシピや記事をご紹介します♪)
ハルコさんの過去、なんと、すごいシェフだったのですね!!夢野で生まれたわけではなく、夢野の食べ物にひかれて、たどりついたのが、「カフェあした」だったのですね。
自分の仕事について悩む莉子には、そのハルコさんの過去の話は、今後のヒント?になるかもしれませんね。
ハルコさんのグラノーラも気になりますが、今日は、料理研究家の五十嵐ゆかりさんによる、カンタンでキュートなグラノーラレシピをご紹介します♪
(この小説は毎朝4時更新です。続きはまた明日!)
★この物語の登場人物
波多野莉子(はたの りこ)・・・一人暮らしのフリーライター。30歳。夢野市で生まれ育つ。
ハルコ・・・朝ごはんだけを出す「カフェ あした」の店主。34歳。莉子に慕われている。