(この物語のあらすじ)
フリーライターの莉子は、店主のハルコさんがおいしい朝ごはんを作る「カフェ あした」の常連客。東京から遠く離れた架空の小さな街・夢野市で、愉快な人びとや魅力的な食材が出会って生まれる数々の出来事。
そんな日常の中で、主人公の莉子が夢をかなえる鍵を見つけていきます。最終週(第8週)は「種をまく」。
第54話:農ある暮らし
(最終週(第8週):種をまく)
自宅への帰り道、自転車をこぎながらハルコさんの言葉を思い出した。
「人の生き方ってさ、サンプルに触れないと分からない部分があるじゃない。
あ、こういう人生もありなんだ、とか、そんなに自分を縛らず生きられるんじゃないか、とか。
夢をかなえようと一生懸命生きている若者に限って、目の前のタスクをこなすことに精一杯で、視野を広げる機会が乏しくなってしまうと思う。
暮らしを発信するのに、書く仕事ほど強い武器はないと思う。
莉子ちゃんはいろんな生き方を伝えるライターになってほしいな。そのためにも、莉子ちゃん自身が幸せに生きてほしい」
自分のやりたい仕事を続けるために、食べるものをきちんと確保する。
休耕地の広がる夢野の田園地帯。その奥には山がそびえている。
「食べることに困らなかったら、人間、強くなれると思うの。
好きなことをして細々とお金を稼いでいけば生きていけるわよ。困ったときは、近所の人に助けを借りればいい」
「朝起きるとね、今日の朝ごはんメニューはなんにしようかしら、ってかごを持って畑に行くの。
スーパーに仕入れに行くんじゃなくてね。それってすごく贅沢なことだと思わない?」
ハルコさんから聞いた、印象的な言葉がこだまする。
わたしにも、できるかなあ。農業、挑戦してみようかなあ。
すっかり晴れ渡った自宅の窓から洗濯物を干しながら、みどり総合商社の牧田加奈さんに電話を掛けることを決意した。
頼まれたゴーストライターの仕事を断るために。
電話に出た牧田さんは、冷たく優しくもなく、ただ「分かりました。残念ね」とだけ言った。
わたしの代わり映えのしない日常が再び始まった。
6月最初の日曜日。
朝ごはんパーティーの当日は、抜けるような青空だった。
常連客にはハルコさんが作ったチラシを配って伝えていた。さて、何人がやってくるだろう。
わたしが到着すると、朝の宴はすでに始まっていた。
空き地の上にござを敷き、ハルコさんの家のなかから運んできたテーブルが置かれている。
ロールパンやサンドウイッチ、バゲットが並ぶ。薪をくべて釜で炊いたばかりのご飯が湯気を立てている。
トマトやきゅうり、ニンジンやダイコンの野菜スティックがグラスに。手作りマヨネーズやドレッシングが並び、ふたつの寸胴鍋には特製のスープが入っているはずだ。
(明日の朝につづく)
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ハルコさんの話を聞いて、心の迷いを解消できた莉子。よかったですね♪ハルコさんがギックリ腰になっていなければ、こんな機会もなかったわけで…そういう、めぐりあわせや「運」に恵まれること、ありますよね。
そして、朝ごはんパーティー、とっても楽しそう&おいしそう!青空の下で、朝の宴。気持ちよさそうで、うらやましいです。野菜スティックはもちろん、パンにもぴったりの、簡単美味しいディップレシピをまとめてご紹介します☆
(この小説は毎朝4時更新です。続きはまた明日!)
★この物語の登場人物
波多野莉子(はたの りこ)・・・一人暮らしのフリーライター。30歳。夢野市で生まれ育つ。
ハルコ・・・朝ごはんだけを出す「カフェ あした」の店主。34歳。莉子に慕われている。