(この物語のあらすじ)
フリーライターの莉子は、店主のハルコさんがおいしい朝ごはんを作る「カフェ あした」の常連客。東京から遠く離れた架空の小さな街・夢野市で、愉快な人びとや魅力的な食材が出会って生まれる数々の出来事。そんな日常の中で、主人公の莉子が夢をかなえる鍵を見つけていきます。
Vol.4 さわやかな店主
(第1週:おいしい朝ごはんをもとめて)
ハルコさんを初めて見た時、さわやかという表現があまりにぴったりくるので驚いた。
花が開いたように明るい笑顔は、押しつけがましくないのに心に入り込んでくる。初対面なのに、いきなり心の距離がぎゅっと縮む感じがした。
ハルコさんは一般的に見て、美人の部類に入ると思う。30代半ばなのに、おでこを出したひっつめ髪が似合うというだけで、かなりポイントが高い。
表情に合わせて、大きな黒目がくるくると動く。着慣れた白いシャツに黒やジーンズのパンツ、こげ茶色のエプロンが定番スタイルだ。
今日こそハルコさんと会話をかわしてみたいと、お客さんのピークが少し過ぎることを予想して9時ごろに来た。案の定、席は空いていてお客さんはわたしのほかに一人だけ。カウンター席の奥に座った。
ハルコさんがレジで会計をすませたタイミングを見計らって注文をする。
「今日はパンメニューですが大丈夫かな。飲み物はどうしましょう」
「じゃあ、コーヒーください」
「はい。莉子ちゃん、早起きだけじゃなくてパンにも目覚めてきたようね」
「ハルコさんのパン、とってもおいしいので。これまで朝ごはんにパンってあまり好きじゃなかったんです」
「どうして」
「実家の母親がごはん派だったっていうこともあるんですけど。なんだかパンってお菓子みたいで、すぐにお腹がすいちゃって」
大食いみたいで恥ずかしいけれど、本音だから仕方ない。
小さい頃から、朝といえばご飯と味噌汁だった。地味な朝ごはんがつまらないと思っていたが、いま思うと実家暮らしとはありがたいものである。一人で暮らしてみたら、ご飯をたくことすら一大事だ。
「会社員のときは、朝ごはんどうしてたの?」
「毎朝、会社の横のコンビニでおにぎりを買ってました。それはそれでおいしかったですけど」
「その名残で、最初のころはご飯の日の方がうれしそうだった気がする」
ハルコさんはあなどれない。忙しそうに接客しながら、お客さんの反応までみているのだ。
オーブンの扉をあけ、わたしと会話をしながらも手早くバターを塗っている。
「30歳になったし、春だし、なんかいろんなこと、変えてみたいなって思って。私、これまでの習慣を疑うことにしたんです。パンをよくかんでじっくり食べてみたら、もっちりとして弾力があって、とってもおいしくて」
(明日の朝につづく)
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(この小説は毎朝4時更新です。続きはまた明日!)
★この物語の登場人物
波多野莉子(はたの りこ)・・・一人暮らしのフリーライター。30歳。夢野市で生まれ育つ。
ハルコ・・・朝ごはんだけを出す「カフェ あした」の店主。34歳。莉子に慕われている。