[あしたの朝ごはん]第7話:30歳を前に会社を辞めて

 

(この物語のあらすじ)

フリーライターの莉子は、店主のハルコさんおいしい朝ごはんを作る「カフェ あした」の常連客。東京から遠く離れた架空の小さな街・夢野市で、愉快な人びとや魅力的な食材が出会って生まれる数々の出来事。そんな日常の中で、主人公の莉子が夢をかなえる鍵を見つけていきます。

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第7話:30歳を前に会社を辞めて

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(第1週:おいしい朝ごはんをもとめて・最終話)

社長以下5人という小さな会社で、営業から経理、雑用までなんでもやらされた。

残業は当たり前。日中は広告を出してくれるお店を新規開拓して回り、夜はオフィスで編集作業をした。朝すっきり起きられた日はほとんどなかった。

新しくできたお店の紹介を書いたり、役所主催のイベントを取材したり。いろんな人と名刺交換はしたけれど、胸が躍るような出会いはあまりなかった。

わたしの感性がにぶっていたのかもしれない。心と体が「このままでいいのかな」って声をあげていた。

わたしにしかできない仕事をしながら生きていきたい。自分がおもしろいと思うことを見つけて、文字で伝える。

人に流されやすいタイプのわたしが、ようやくやりたい仕事を見つけた。ますます思いが強くなってきたころ、友達がつぎつぎと結婚しはじめた。

幸か不幸か、結婚にリアリティが感じられない。学生時代から付き合っていた、自分史上最高の大恋愛だと思っていた恋人に振られた24歳のときから、あきらめ癖がついている。

人並みっていう言葉の呪縛からはまだ解き放たれていなくて、合コンに参加したこともある。だけど、彼氏はずっとできなかった。

捨てるものなんてない、と気付いてからの行動は早かった。20代のうちに決断しようと、30歳の誕生日を前に会社を辞めた。

「ごちそうさまでした」

「いってらっしゃい」

会計を済ますと、ハルコさんは口角をあげた茶目っ気のある笑顔で送り出してくれる。

空色のドアを背に、自転車にまたがる。今日のスケジュールをあれこれ考えながら、ペダルを漕ぎ出そうと足をかけたそのときだ。交差点のほうから、スーツをぱりっと着込んだ男の人が、紙袋を抱えて歩いてきた。

大股で意を決したように歩く姿は、近寄りがたいオーラさえ感じる。

年はわたしと同じくらいかな。しっかりしているからちょっと年上にも見える。切れ長の目に、ゆるいパーマがかかったような髪。考え事をしながら歩いているようだ。

夢野市にもこんなイケメンがいたのね。広くて狭い、夢野市バンザイ。

イケメンはカフェあしたの前で立ち止まった。勝手知ったる様子でノブに手をかけると、ためらうことなく扉をあけた。

「ねえちゃん、これ、置いとくよ」

ん? いま「ねえちゃん」って聞こえたのだけれど。ハルコさんがお姉ちゃんってこと?

「サンキュー」

店の奥から、ゆるんだハルコさんの声が聞こえる。イケメンはきびすを返してドアを閉め、手ぶらになった両手を軽く腰にあてた。靴のかかとを鳴らして走り去った。(第1週 完)

(明日の朝より第2週がはじまります)

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(この小説は毎朝4時更新です。続きはまた明日!)

★この物語の登場人物
波多野莉子(はたの りこ)・・・一人暮らしのフリーライター。30歳。夢野市で生まれ育つ。
ハルコ・・・朝ごはんだけを出す「カフェ あした」の店主。34歳。莉子に慕われている。

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朝の小説「あしたの朝ごはん」

毎朝更新。朝ごはんがおいしいカフェを舞台に、主人公が夢をかなえていく日常をつづるストーリー。
Written by

松藤 波

松藤波(まつふじ・なみ)
小説好きが高じて、家事のかたわら創作をする30代の主婦。好きな作家は田辺聖子、角田光代。家族がまだ起きてこない朝、ゆっくりお茶を飲みながら執筆するのが幸せなひととき。趣味は読書と、おいしいランチの店を探すこと。

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