(この物語のあらすじ)
フリーライターの莉子は、店主のハルコさんがおいしい朝ごはんを作る「カフェ あした」の常連客。東京から遠く離れた架空の小さな街・夢野市で、愉快な人びとや魅力的な食材が出会って生まれる数々の出来事。
そんな日常の中で、主人公の莉子が夢をかなえる鍵を見つけていきます。最終週(第8週)は「種をまく」。いよいよ、今回が最終話です!
最終話(第56話):今ここにいる場所を愛する
(最終週(第8週):種をまく)
「皆さん、ご紹介が遅れましたが、こちらがわたしの夫、たくちゃん」
たくやさんは元警察官。夢野署の派出所に勤務していたとき、ハルコさんに出会って結婚したそうだ。
1年前、ハルコさんが店を開くというので、自らも新たな人生を歩もうと修行の旅に出ることにしたという。
ニューヨークのバーテンダー専門学校に通い、ロンドンのパブで働き、残る数ヶ月は日本の地方都市のスナックやバーを渡り歩いて「研究」を重ねていたという。
ただ飲み歩いていただけじゃないですか、と突っ込みたいけれど、またの機会にしよう。
たくやさんは「スナックゆうべ」と毛筆で書いた木の看板をリュックサックから取り出した。
「朝が『カフェあした』なら夜はこれで行こうと思って。どう?」
ポカンと口を開ける面々の中、ハルコさんだけは胸元で両手を合わせて瞳を輝かせている。
「朝も夕も、お客さんがたくさん集まるといいよね」
あしたって朝っていう意味だったんだ。「明日」じゃなくて「朝」。なるほど。
「ぼくがハルコと結婚したのは、名前を見て惚れたからなの。
温かい子、と書いてハルコ。
ぬくこさん、と呼んでしまったら、ハルコが大笑いして。
その笑顔が本当にぬくもりがあってさあ。なんかね、大地のぬくもりを感じたのよ。土をいじってると、やさしい顔になるんだなあ」
いとおしそうに見つめるたくやさんと、照れるハルコさんが、緑の中で美しく揺らめいた。
「というわけで、皆さん、これからはカフェあしたとスナックゆうべ、いずれもよろしくお願いします。
田んぼも畑も余ってるから、おいしい食べ物を作りたい人も大歓迎です!」
ハルコさんが呼びかけると、拍手が起こった。
見渡す限りの農村に吸い込まれていきそうな、春の雨音のような響きだった。
白い蝶々が目の前を横切った。どこからともなく、黄色い蝶々が合流して、ダンスをするように飛び去って行く。
見上げた空は、目を開けていられないほどまぶしい。
フリーライターになって初めての夏がすぐそこまで来ている。
びっくりするようなドラマは起こらない。不安がないとは言い切れない。
でも、確信を持って言えることがある。
わたしは生まれ育った夢野市を日に日に好きになっている。人も土地も食べ物も空気さえも。
この街に根を張って生きていけば、未来が開ける気がしてならない。
わたしは今日も、夢をかなえる種をまく。
(完)
(この物語は今回で終了となります。これまで毎朝お読みいただき、ありがとうございました!)
今日のおすすめレシピ「青空の下で食べたい♪チーズおかかおにぎり」
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8週にわたってお届けしてきました小説「あしたの朝ごはん」は、今日で最終回。チャーミングな登場人物がいっぱいだったり、莉子のこれからの仕事や恋も気になったりと、実は、続編を期待しつつ…それはこれからの莉子の人生と同じく、今のところ未定です!
もし続編をお届けできることになったら、ぜひまた毎朝の楽しみにしてくださいね。最後にご紹介するのは、意外な組み合わせがおいしい、チーズとおかかのおにぎりです。莉子とハルコさん、全く共通点がなさそうなふたりですが、意外と好相性でしたよね。
いつかまた、ふたりや、夢野のみんなに会えますように!皆さんも、毎日、おいしい「あしたの朝ごはん」に出会えますように。
「意外な美味しさ♪チーズおかかおにぎり」(by:高羽ゆき(handmadecafe)さん)
★この物語の登場人物
波多野莉子(はたの りこ)・・・一人暮らしのフリーライター。30歳。夢野市で生まれ育つ。
ハルコ・・・朝ごはんだけを出す「カフェ あした」の店主。34歳。莉子に慕われている。