(この物語のあらすじ)
フリーライターの莉子は、店主のハルコさんがおいしい朝ごはんを作る「カフェ あした」の常連客。東京から遠く離れた架空の小さな街・夢野市で、愉快な人びとや魅力的な食材が出会って生まれる数々の出来事。そんな日常の中で、主人公の莉子が夢をかなえる鍵を見つけていきます。第2週は「おにぎりに恋をして」。
第11話:心で会話するおばちゃん
(第2週:おにぎりに恋をして)
「ねえちゃん、この人が、夢野大学の留学生が住む宿舎の管理人をしている前田さん」
「わたすがご紹介にあずかりました前田と申します。ケイさんにはいつもお世話になって」
前田さんと紹介された人は、くたびれたえんじ色のチェック柄の、割烹着みたいなエプロンを着ている。
夢野によくいる典型的なおばさんのスタイルだ。
こんな野暮ったい風情で、世界からやってくる留学生に対応することができるのかしら? いぶかしげな視線を送っていると、
「留学生の相手はハートが大事なんです。ごらんのとおり、わたすは英語どころか、外国語はなにひとつ話せませんのや。日本語はもうプロ中のプロですけどなあ」
どんと胸をたたく。
「身振り手振りで伝わるもんよ。わたすら、困ったことがあるとなんでも役所の人に相談しようという按配でねえ。ケイさんはどんなことでも聞いてくれるもんだから、ついつい頼ってしまってねえ」
「どうぞ、お茶でも飲んでいってください」
しゃべり続ける前田さんに、ハルコさんがほうじ茶を運んできた。
「エゴマの種、ちっとはモノになりますやろか」
壁の時計が午前9時を差した。「カフェ あした」の客足がようやく一段落する時間だ。
開店から2時間、ハルコさんは立ちっぱなしで休みなく接客しているのに、疲れの気配すら感じさせない。
「これ、いっぱいとれるんですわ。エゴマってすごく体にいいんやってねえ。
それでね、近所の人ら、農業やってなさるでしょう。こんなに簡単にたくさんとれるんなら、売り物にもなるべって話してたんや」
前田さんの話では、去年の夏、寮の裏手にある空き菜園で大量に葉っぱができたそうだ。ヨンヒちゃんは収穫を待たずに韓国へと帰った。
韓国に行ったこともない前田さんは知り合いに話を聞いて、みようみまねで醤油につけたり、サンチュと一緒に肉を巻いて食べたりして消費したが、種だけは残った。
もったいないからと、冷凍保存したり、そのまま置いておいたりしたが、また春がやってきて植えようということになったらしい。
こんなにおいしいエゴマを残していったヨンヒちゃんに、伝えたくなった。
失意のどん底にいる彼女が、日本に唯一残していったもの。こうやってみんながおいしく食べていることをつゆとも知らないのは悲しすぎる。
「彼女の連絡先はありませんか」
「うーん、大学の方も連絡がつかんと言っていてねえ」
前田さんは短い腕を胸元で組んで、思案顔をしている。
「あ、そういえば、サインだかレインだか、ほれ、電話の画面に緑の四角いのがあるでしょう。ヨンヒちゃんがなにかあったらそれを使ってと言っていたような」
前田さんはエプロンの前ポケットからスマホを取り出した。
(明日の朝につづく)
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(この小説は毎朝4時更新です。続きはまた明日!)
★この物語の登場人物
波多野莉子(はたの りこ)・・・一人暮らしのフリーライター。30歳。夢野市で生まれ育つ。
ハルコ・・・朝ごはんだけを出す「カフェ あした」の店主。34歳。莉子に慕われている。