(この物語のあらすじ)
フリーライターの莉子は、店主のハルコさんがおいしい朝ごはんを作る「カフェ あした」の常連客。東京から遠く離れた架空の小さな街・夢野市で、愉快な人びとや魅力的な食材が出会って生まれる数々の出来事。
そんな日常の中で、主人公の莉子が夢をかなえる鍵を見つけていきます。第2週は「おにぎりに恋をして」。
第14話:記念すべき初仕事
(第2週:おにぎりに恋をして・最終話)
そう言われてみれば、長く濃いびっしりと生えそろったまつげや、ひげのないつるんとした口元は女の子のようだけれど。それにアルゴリズム女ってなんだ?
「特技はなに」
「え?」
「なにができるかって聞いてるの」
「えっと、文章を書けます。得意かどうかは別なんですけどね、いまは仕事さがしてます。周りから見れば甘えてるかもしれな……」
「質問にだけこたえて。経験は?」
なんとも強引だ。ちょっとこわい。でも、きれい。
「あ、はい。プロダクション夢野で編集をやってました」
「タウン誌を出してるところでしょ。知ってるわ」
そう言いながらイケメン、もとい、オトコマエ女子は、胸元から名刺入れを手早く取り出した。
〈夢野市ふるさと広報課 特命職員 藤田恵〉
「このアドレスに、原稿を送って。市の広報にコラムを書いてもらえない? 夢野に関することならなんでもいい」
「え、いいんですか。わたしなんかで」
なんだかよく分からないけど、仕事がもらえたのだ。記念すべき、初めての署名原稿になるかもしれない。でも戸惑って、次の言葉が出ない。
「やれるの、やれないの」
「はい、やります! がんばります」
思わず椅子から飛び上がってぺこりと頭を下げた。顔を上げたときには、ケイさんは扉をあけていた。
「メール送っといて。よろしく」
ケイさんは、扉を閉めるとき、振り向いてウインクをした。かっこいい。やっぱりちょっとこわいけど。
「莉子ちゃん、驚かせてごめんね。ヤツはいつもあの調子なんだ。妹のケイ。本名はめぐみなんだけど、みんなケイって呼ぶの。そのほうがしっくり来るでしょう」
たしかに言えてる。ハルコさんはやっぱりなぞめいた人だ。
前田さんと店を出ると、太陽があがり、すでに昼の日差しになっていた。水色の空には雲が泳ぎ、小学校のチャイムの音が聞こえる。
「実は、ほかにも留学生が植物をようけ植えていくんですわ。いっぺん、うちの畑、見に来てください。コラムのネタもわんさかありますよ」
「ハアイ、マエダサン、オハヨウゴザイマス」
ブロンド髪で青い目の白人女性が通りかかった。「オーストラリアから来ている留学生ですわ」
「おはよう、キャサリン。学校行くの?行ってらっしゃい。今日の晩御飯は肉じゃがだから、早く帰ってきなさいねえ」。前田さん、留学生のお母さんみたい。
「タクサントレタノデ、ドウゾ」
小さいビニル袋に、緑の葉っぱがわんさと入っていた。袋の口をあけてのぞきこむと、ミントの香りが鼻の穴を突き抜けた。
「彼女は、庭でミントを作ってるんだわ。うちの畑、土がいいのかよく採れてねえ。ほんと、売り物になるくらいなんよ」
「いまからお邪魔してもいいですか?」
「どうぞ、どうぞ。わたすは夕方まで暇ですから、いつでも案内しますよ」
前田さんが顔をくしゃくしゃにして笑った。
「わたしは、一日中、暇です」
2人で笑い声を上げながら、わたしは自転車を引いた。かごに放り込んだミントの葉が入った袋が、風に揺れていた。
(明日の朝より第3週がはじまります。どうぞお楽しみに!)
今日のおすすめレシピ「グレープフルーツと帆立のサラダ」
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爽やかなサラダがおいしい季節になってきましたね!お話に登場する「ミント」をつかった、グレープフルーツとホタテのサラダ、週末の朝ごはんにいかがですかー?
「グレープフルーツと帆立のサラダ」(by:kayさん)
(この小説は毎朝4時更新です。続きはまた明日!)
★この物語の登場人物
波多野莉子(はたの りこ)・・・一人暮らしのフリーライター。30歳。夢野市で生まれ育つ。
ハルコ・・・朝ごはんだけを出す「カフェ あした」の店主。34歳。莉子に慕われている。