「そりゃ、私は必死に取り繕うよ、裕也のこと好きだったし、尊敬していたし、輝いていて欲しいじゃない。だから、『裕也だって、いまの仕事すごく頑張ってるじゃない』って。
その言葉が芝居でも使わないくらい薄っぺらかった。私は裕也のこと、何も知らなかったの。
私は、舞台の上で、自分の努力を吐き出すことができて、認めてもらうことができたけど、裕也のスゴさをすぐに言葉にしようとしてできなかった。
どうして彼のこと好きなんだろう、って考えたら、自分を励ましてくれるとか認めてくれるとか、私のワガママな気持ちばっかりだった。
彼のことは好きなのに、彼に甘える自分が大嫌いになって、それを気付いてからもどうすることもできなくて、彼を遠ざけることしかできなかったの。
裕也は、もっとちゃんと裕也自身を見てほしかったんだと思う。私は裕也っていう一番の理解者によって、支えてもらって、いい気になって、その彼に裏切られて、悲劇のヒロインになって、勝手に1人芝居をしてたの」
私は呼吸をするのも忘れるくらいびっくりしていた。強くて美しい紗江が、恋愛に不器用だったなんて。
でも、私だって、紗江のこと、表面的に見ていたのかもしれない。
そして、話題の渦中にある人物から、メッセージが届いた。
(この小説は、毎朝5時更新です。続きはまた明日!)
物語の登場人物
佐藤奈美(30)特許取得を専門とする弁理士事務所に勤める事務員。
結城紗江(30)中堅劇団の舞台女優。奈美と大学サークルの同期。
森野由加利(30)投資銀行に勤めるキャリアウーマン。奈美と大学サークルの同期。
近藤安子(30)専業主婦。一児の母。奈美と大学サークルの同期。
遠野裕也(30)紗江の大学時代の恋人。
伊藤慶太(34)奈美の行きつけの美容室のスタイリスト。