私は、スクリーンに名前が表示されるや否や、紗江に見つからないように、素早く、さりげなく、スマホを手にして、メッセージを確認した。
「揚げ物には手を出すな」
友達と飲みにいくということだけ、裕也に伝えていたからだ。
呼吸を忘れるくらいびっくりしていた私も、裕也の軽々しい調子に拍子抜けして、くすっと笑ってしまった。
まずい、そう思った瞬間
「裕也、なんて?」
女優の洞察力をなめてはいけない。私は、正直に伝えた。
「ははは、『揚げ物には手を出すな』だって。今日は飲み会だって伝えてたから」
自然にそう答えた。
紗江は、くすっと笑って「そう」とだけ答えた。
「人間関係ってさ、どちらかがポジティブになると、どちらかがネガティブになるんだってね。
裕也がそんなことを言い出したのは、私がどんどん調子があがって、主演を勝ち取るようになった時だったなって。
私が絶頂だったとき、裕也は、どん底にいたのかもしれない。
人間関係が例外なくそうだとしたら、あまりに悲しい。だから、みんな爆発させたい感情を押さえて、関係を崩さないようにしているのかな。
でも、女優は、そういう訳にいかないの」
(この小説は、毎朝5時更新です。続きはまた明日!)
物語の登場人物
佐藤奈美(30)特許取得を専門とする弁理士事務所に勤める事務員。
結城紗江(30)中堅劇団の舞台女優。奈美と大学サークルの同期。
森野由加利(30)投資銀行に勤めるキャリアウーマン。奈美と大学サークルの同期。
近藤安子(30)専業主婦。一児の母。奈美と大学サークルの同期。
遠野裕也(30)紗江の大学時代の恋人。
伊藤慶太(34)奈美の行きつけの美容室のスタイリスト。