慶太さんは、コメントのタイミングもばっちりだ。いつだって、鏡越しにしっかり目を見て励ましてくれる。
年甲斐もなく、鼓動が高鳴る。そして、決意を新たにした。
「あの、今度ご飯ご一緒してくれませんか?」
「ボクと?もちろん、今度ぜひ」
慶太さんは、笑顔を絶やさなかった。少しでも引きつった一瞬の空気があったら、社交辞令と思うけれど、これは脈ありなのかもしれない!
私は、心の動きを読まれないようにカジュアルにあいさつをして店を出た。張りつめていた緊張を吐き出したら、急に女優になったかの気分で、石畳の通りを、クロスを加えて歩いてみたり、気まぐれに、空を見上げてみたりした。気分は70年代のミュージカル映画だ。
時間を確認しようとして、気付いた。スマホを「Bella」に忘れてきた、と。
ハンカチくらいなら、店に戻りたくない。けれどスマホとなれば、流石に戻らざるをえない。
「じゃあなんて断らなかったの?」
「デブは好きじゃない、勘弁してくれよ」
少し照れながら扉を開けた分、余計に心が凍り付いた。
え?慶太さんの声?
(この小説は、毎朝5時更新です。続きはまた明日!)
物語の登場人物
佐藤奈美(30)特許取得を専門とする弁理士事務所に勤める事務員。
結城紗江(30)中堅劇団の舞台女優。奈美と大学サークルの同期。
森野由加利(30)投資銀行に勤めるキャリアウーマン。奈美と大学サークルの同期。
近藤安子(30)専業主婦。一児の母。奈美と大学サークルの同期。
遠野裕也(30)紗江の大学時代の恋人。
伊藤慶太(34)奈美の行きつけの美容室のスタイリスト。