美容室「bella」の重い扉を開く。
あ、いた。
この人に会いたくて、一ヶ月仕事を頑張っている。
「お待ちしておりました」
慶太さんは、深々と一礼をしてから、いつも私に手を差し出してくれる。席まで上手に案内してくれた後は、鏡越しに目を合わせて、
「いつも通り、キレイに?」
と、いたずらに聞く。
さっきまでのよそ行きな空気が、急にプライベート色に染まる。その瞬間がたまらないのだ。
心の機微を楽しめるようになったのは、慶太さんに出会ってからだ。私は、慶太さんマジックにかかっているのだろうけど、それを敢えて楽しみ、上手く返せるようにもなった。年を重ねるのは、悪いことばかりじゃない。
「思い切ってショートにしようと思うんです」
「似合うと思うけど、どうしてまた?」
そう、慶太さんはいつだって、安心する言葉を最初に返してくれる。
そう、ショートが好きだって、1ヶ月前ここへ来たとき話してくれたから。聞いてすぐに、ショートにする宣言は、直球過ぎて、流石に言い出せなかったから。
(この小説は、毎朝5時更新です。続きはまた明日!)
物語の登場人物
佐藤奈美(30)特許取得を専門とする弁理士事務所に勤める事務員。
結城紗江(30)中堅劇団の舞台女優。奈美と大学サークルの同期。
森野由加利(30)投資銀行に勤めるキャリアウーマン。奈美と大学サークルの同期。
近藤安子(30)専業主婦。一児の母。奈美と大学サークルの同期。
遠野裕也(30)紗江の大学時代の恋人。
伊藤慶太(34)奈美の行きつけの美容室のスタイリスト。