「そう、紗江も一個片付いたか」
安子の言う意図が分からず、すかさず、その真意の説明を求めた。
「紗江のことだから、カジュアルな言い方したと思うんだけど、限界を見たっていうか、引退ってことでしょう」
「安子は、どうして紗江にそんなに厳しいのよ」
「違うわよ、紗江は良く頑張ったじゃない。やっと線をひけるところまで、納得できるところまで来れたってこと。言い方を変えれば、卒業」
「そんなことに出会えることだって奇跡よ。何年も、その世界で戦い続けられるって奈美にはあった?私には今まで、見つからなかったわ」
正論の数々に言葉を失った。
「わたしはそんなものが見つかる気がしなかったから、早くに恋愛を片付けたの。子育てはいま真っ最中。もうすぐ預けられると、一段落。
そして初めて自分のことに手がつけられるわ。先送りにしたのよ、見つからなかったから」
そんなことを大学生の時から考えて、計画的に人生を考えていたというのだろうか。
安子の頭の中を全く読めていなかった自分にも情けなかったが、安子が、これほどに計画的で野心家だという事実を受け止めきれず、しばらく呆然としていた。
(この小説は、毎朝4時更新です。続きはまた明日!)
物語の登場人物
佐藤奈美(30)特許取得を専門とする弁理士事務所に勤める事務員。
結城紗江(30)中堅劇団の舞台女優。奈美と大学サークルの同期。
森野由加利(30)投資銀行に勤めるキャリアウーマン。奈美と大学サークルの同期。
近藤安子(30)専業主婦。一児の母。奈美と大学サークルの同期。
遠野裕也(30)紗江の大学時代の恋人。
伊藤慶太(34)奈美の行きつけの美容室のスタイリスト。