(この物語のあらすじ)
フリーライターの莉子は、店主のハルコさんがおいしい朝ごはんを作る「カフェ あした」の常連客。東京から遠く離れた架空の小さな街・夢野市で、愉快な人びとや魅力的な食材が出会って生まれる数々の出来事。
そんな日常の中で、主人公の莉子が夢をかなえる鍵を見つけていきます。今日から始まる第6週は「ふるさとが呼んでいる」。
第36話:朝の空腹はごちそう
(第6週:ふるさとが呼んでいる)
晴れた日の洗濯がこんなに気持ちいいなんて、最近まで知らなかった。
住んでいるワンルームのカーテンを開けると、朝の光が部屋の隅々まで照らしてくれる。
一人暮らしだから洗濯物はそれほどたまらないけど、晴天に出くわすと、洗濯機を回さないと損をしたような気分になるのは、貧乏性かしら。
気分の良い朝に限って、母からのメールの着信を知らせる表示が出ている。
〈莉子ちゃん、会社辞めて3ヶ月ですね。夢野市の広報誌以外に仕事あるの?なにか書いたら教えてちょうだいね♪
本はいつ出せそう?
仕事がぱっとしないなら、早く結婚して孫の顔をみせてちょうだいとお父さんが言っています^0^〉
はあ~。
ため息とともに、スマホをベッドの上に放り投げる。
無邪気で世間知らず、お嬢様育ちの母は、悪気はないけど容赦なくわたしを追い詰めてくる。
言われなくても分かってる。そろそろフリーライターになって3ヶ月。仕事は数えるほどしかなく、収支はマイナス、銀行の残高は目減りしている。
日中は図書館に行ったり、知り合いの編集者にメールを送ったり。季節が夏の陽気を伝え、にぎやかになるにつれ、焦りも沸いてきた。
まあいいや。こんなときは体を動かすと頭が空っぽになっていい。
家事をして、お腹をすかせて、「カフェ あした」に向かう。
店の外まで魚の焼ける磯のにおいが漂っている。
朝の空腹はどんなごちそうにも勝る。「おはようございます」と笑顔のハルコさん。今日のメニューはなんだろう。
〈ごはん、アジの一夜干し、味噌汁、浅漬け〉
おお。思わずため息がこぼれる。これぞ日本の朝ごはん。待っていました、王道中の王道。
「はい、おまちどうさま」
やや小ぶりなあじは、ぷっくらとふくらんだ白いおなかをみせている。一人で食べきるにはちょうどいい大きさだ。
すこしこげた表面にはまだ熱が残っていて、ぷちぷちと脂がうごめいている。
皿の隅には、こんもりとした大根おろし。塩気のきいたアジと一緒に食べるので、しょうゆはいらない。
「いただきます」
焼き立てが一番おいしいのだからと、いそいそ箸を取って骨と身をほぐしにかかる。
ホクホクとした身から柔らかい湯気が立っている。一番おいしいところ、とわたしが勝手に呼んでいる、アジの白いかたまりを大胆に口へ入れる。
う~ん、たまらない。もう一口食べたいが、やっぱり……と思いとどまって、ご飯を口に入れる。
噛む。
魚の塩味と、炊き立てのご飯の甘みが口のなかで混ざり合う。
アジの身をほぐして口へ運ぶ手が止まらない。ご飯もとまらない。その合間に味噌汁。おっと、きゅうりも。
体じゅうに元気がみなぎっていくのが分かる。
ふと隣を見ると、何度かカフェあしたで見かけたダンディーなおじさんが、背中を丸めていとおしそうにアジをつついている。
(明日の朝につづく)
今日のおすすめレシピ「サクサク!アジのチーズ焼き」
(ストーリーに関連するおすすめレシピや記事をご紹介します♪)
莉子がこんなにアジが好きとは…30歳女子が焼き魚好きとは、ちょっと意外!?食べ方から「アジ愛」が伝わってきますよね♪
シンプルな一夜干しや塩焼きもおいしいアジですが、ちょっと時間がある日のブランチや晩ごはん、おもてなしに、こんなイタリアンっぽい、サクサク食感のチーズ焼きはいかがですかー?
「サクサク鯵(アジ)のチーズ焼き *トマトソース」(by:ATSUKO KANZAKI (a-ko)さん)
(この小説は毎朝4時更新です。続きはまた明日!)
★この物語の登場人物
波多野莉子(はたの りこ)・・・一人暮らしのフリーライター。30歳。夢野市で生まれ育つ。
ハルコ・・・朝ごはんだけを出す「カフェ あした」の店主。34歳。莉子に慕われている。