(この物語のあらすじ)
フリーライターの莉子は、店主のハルコさんがおいしい朝ごはんを作る「カフェ あした」の常連客。東京から遠く離れた架空の小さな街・夢野市で、愉快な人びとや魅力的な食材が出会って生まれる数々の出来事。
そんな日常の中で、主人公の莉子が夢をかなえる鍵を見つけていきます。第6週は「ふるさとが呼んでいる」。
第37話:魚をおいしく食べる
(第6週:ふるさとが呼んでいる)
「一夜干しは、干物とは違うんですか?」
ハルコさんが冷蔵庫からバッドを取り出してきた。開かれたアジが赤みがかった青い腹を出して行儀よく並んでいる。
「昨日の夜に仕込んだのよ」
アジを開きにして、内蔵をきれいに取り除き、塩と酒、水で一晩寝かせただけという。
干物が漁港の潮風と日差しで黒く焼けた健康優良児ならば、自家製の一夜干しはひ弱なインテリっ子。味も見た目も遠慮がちで、これも好き。
「お礼は笹野さんに言ってね」
ハルコさんはカウンターで満足そうにアジを食べていたおじさんに目を向けて言った。
「笹野商店の大将。アジを釣って持ってきてくれたのよ」
見事に骨だけになった皿をカウンターの上に載せると、笹野さんが温厚な笑顔でわたしのほうへ向き直った。
「あなたですか。波多野莉子さん。豆腐屋のお孫さんの記事、読みましたよ。うらやましくってねえ」
笹野商店は、わたしが住むマンションから駅を隔てて反対側の住宅街にあったはずだ。
スーパーマーケットと呼ぶより、まさに商店という響きが似合う。八百屋と魚屋と乾物屋を足して三で割った雰囲気だ。
夢野駅前に夜遅くまで開いている全国チェーンのスーパーができてから、古くからあった商店が何軒か潰れたと聞いたことがある。
プライベートブランドの低価格品が多く、行けば何でもそろうのは確かに便利でわたしも通っている。
「いやあ、ワシの趣味で採った魚をハルコさんに押し付けてしまって、悪かったかなと反省してたんや。こんなにおいしく調理されてアジたちも幸せやろう」
と言って、ワハハと笑った。
「日がな一日、海に出て魚を釣れたらどんなに幸せかとおもうけどなあ」
遠い目をして言う笹野さんに、ハルコさんが言った。
「笹野商店がなくなったら、うちの店も夢野の農家さんもみんな困っちゃいまいますよ」
(明日の朝につづく)
今日のおすすめレシピ「朝もカンタン!鯵と小松菜の混ぜご飯」
(ストーリーに関連するおすすめレシピや記事をご紹介します♪)
一夜干しと干物の違い、ご存じでしたか…?「健康優良児」と「ひ弱なインテリっ子」にたとえる莉子のセンス、おもしろい!さすがライターさんですよね♪
夕飯に食べた干物の残りがあれば、朝でも簡単にできる、小松菜と鯵の混ぜご飯をご紹介します。おにぎりにしても、おいしそう!
「鯵の干物と小松菜の混ぜご飯。」(by:薬膳師ゆりぽむさん)
(この小説は毎朝4時更新です。続きはまた明日!)
★この物語の登場人物
波多野莉子(はたの りこ)・・・一人暮らしのフリーライター。30歳。夢野市で生まれ育つ。
ハルコ・・・朝ごはんだけを出す「カフェ あした」の店主。34歳。莉子に慕われている。