「どの気持ちも分かるって思うじゃない。その子の母を思う気持ちも純粋な夢も、こどもが自立する時の親の感情も、苦しみを乗り越えて夢が変わっていくことも。
でも随分遠い話のような気がした。私も経験したはずなのに。どこかに感情を置いてきてしまっていて。でも置いておかないと今の生活はできないから。
それで、私も小学校を建てようって。変な話だけど、忘れてしまったものを取り戻すために、すがっているのかもしれない」
由加利がどんな仕事をして、どんな環境で戦ってきたのか、私は何も知らなかったのかもしれない。
人様が思う成功のあとに求めるのは、その先に待っているのは、お金でもなく、恋愛でもなく、「感情を取り戻すこと」なのかな。
私が経験し得ない由加利の小さな闇を見たような気がして、今の私には、その扉はまだ開くことができないと思った。
「ほら、紗江は、まだ夢見る少女しょ?安子は、その活動の本質は何?って言われそうで正直面倒。奈美、この通り!まずやってみたいの」
まんまと由加利の術中にはめられて、私は印鑑を差し出した。
「印鑑証明と住民票は流石に今日じゃ無理。取得したら送るから」
こうして人を巻き込める力が、由加利には備わっている。
「スッキリしたら、お腹すいた!肉食べよう肉!」
と言う由加利は、超スレンダー。
「ねえ、そんな肉食べて、なんで太らないのよ?」
「え?肉食べてるから、太らないのよ」
(この小説は、毎朝5時更新です。続きはまた明日!)
物語の登場人物
佐藤奈美(30)特許取得を専門とする弁理士事務所に勤める事務員。
結城紗江(30)中堅劇団の舞台女優。奈美と大学サークルの同期。
森野由加利(30)投資銀行に勤めるキャリアウーマン。奈美と大学サークルの同期。
近藤安子(30)専業主婦。一児の母。奈美と大学サークルの同期。
遠野裕也(30)紗江の大学時代の恋人。
伊藤慶太(34)奈美の行きつけの美容室のスタイリスト。