由加利の話はこうだ。
自分が稼ぐことは出来るし楽しい。起業には興味がないが、このままでも発展がない、と。
「だいたい起業家っていうのはいまいちスタイリッシュじゃない。
既存のビジネスで一番になれないから、新しいビジネスを創って一番になろうとするっていう発想に思える。だって、既存のビジネスの枠組みで勝てるなら敢えて新しいことなんてしないと思うのよ」
お酒の力も借りて、より饒舌になる由加利を止められない。なるほど、そんな見方もあるかもしれないが、私には、到底どちらの存在も遠く思えた。
「でも確かに、このままでサラリーマンでいいのかと言われると違う気もする。
カンボジアに小学校を建てるって大学生の映画があったでしょ?私の知り合いも同じように小学校を建てた。
開校式のとき、ある子供のお母さんが泣いて『この子を学校にやるなんて馬鹿げてる!家は忙しいんだ』と言ったんだそう。それでその子が『お母さんの病気を治したいんだ。だから勉強をする。お手伝いは手を抜かない』そういって、お母さんの手を振り払ったって。
お母さんは、嬉しいような寂しいような表情をして、校長先生に深々頭を下げたそう。結局数年後、その子は奨学金をもらって、医学部に入ったんだって。
そのお母さんは、とうになくなってしまって、その子の目標も途絶えたのだけど、それでも、その子の目標は自分のように母親をなくす子供を減らすことに変わったって」
由加利は何を話したいのだろう。
私はいつの間にか聞き入っていた。
(この小説は、毎朝5時更新です。続きはまた明日!)
物語の登場人物
佐藤奈美(30)特許取得を専門とする弁理士事務所に勤める事務員。
結城紗江(30)中堅劇団の舞台女優。奈美と大学サークルの同期。
森野由加利(30)投資銀行に勤めるキャリアウーマン。奈美と大学サークルの同期。
近藤安子(30)専業主婦。一児の母。奈美と大学サークルの同期。
遠野裕也(30)紗江の大学時代の恋人。
伊藤慶太(34)奈美の行きつけの美容室のスタイリスト。