28歳にもなって、パニックになった私はトイレへ駆け込んだ。
落ち着きを取り戻すのに10分はかかった。
メインのお肉料理はすっかり冷めてしまって、
私がもどってきたら、料理が下げられていた。
誠士にひたすら謝った。
「こんな素敵な店でみっともないことしてごめん」
「いや、こちらこそ、驚かせてごめん」
わたしたちは、ずっと謝っていた。
「今度は冷めないうちにどうぞ」
わたしのメイン料理を温め直してくださった。
絶妙なタイミングに救われ、わたしたちは、やっと笑った。
「誠士、ごめんね、嬉しかった。正直に。
でもあまりにびっくりしてしまって、いま、何にも考えられなくて」
涙の理由は、自分でも分からない。
ただ、なんだかほっとした。
私に、こんなことを言ってくれる人がいることに。
誠士は笑っていた。
そして待つと言ってくれた。
実は少し、期待していたらしい。
ことみから、昨夜の話の一部を聞いていた誠士は、寂しさから逃れるために、流れは自分に来ると。
なんて、楽観的なのだと思ったけど、そんな誠士を
ちょっと好きになってもいいかなって思った。
(この小説は、毎日更新です。続きはまた明日!)
物語の登場人物
立川萌乃(もえの) 28歳
静岡出身。銀行の一般職。趣味で、フラワーアレンジメントをならう。早起きできる朝美人に憧れている。
新城雪乃(ゆきの) 28歳
萌乃と同じ高校時代からの友人。なんでも出来る格好いい人物として萌乃からは頼りにされている。
藤井倫太郎(りんたろう)28歳
萌乃、雪乃と同じ高校のサッカー部出身で東京の大学へ進み、留学。外資系投資銀行につとめるいわゆるエリート。
木村ことみ 28歳
萌乃の同期で、同じ支店にずっと勤めている。常識人であり現実主義者。
柳原誠士(せいじ)28歳
萌乃とことみの同期入社である、総合職の銀行マン。
近藤裕太(ゆうた)24歳
萌乃がフラワーアレンジメントの教室の隣にあるパーソナルトレーニングスタジオのトレーナー。