(この物語のあらすじ)
フリーライターの莉子は、店主のハルコさんがおいしい朝ごはんを作る「カフェ あした」の常連客。東京から遠く離れた架空の小さな街・夢野市で、愉快な人びとや魅力的な食材が出会って生まれる数々の出来事。
そんな日常の中で、主人公の莉子が夢をかなえる鍵を見つけていきます。今日からはじまる第7週は「ピンチはチャンス?!」。
第43話:愛されるお店
(第7週:ピンチはチャンス?!)
「お、新入りのバイトくん? よう働くねえ」
長靴を履いて手ぬぐいでほおかむりをしたおばさんが、みずみずしい小松菜を軽トラックの荷台から降ろしつつ言う。
笹野商店の店主の一人息子、笹野明くんは東京のIT会社で働きながら、週末になると夢野市へたまに帰ってくるようになった。
店の手伝いをするために。家業を嫌って故郷を飛び出した明くんだったけれど、久しぶりに帰省した大型連休に両親との和解劇があったらしい。
エプロン姿もダンボールを運ぶ様もずいぶん板について、ぐんと精悍な顔つきになってきた。
「いやあ、うちのせがれです。いろいろ教えてやってください」
なんて頭をかく店主のお父さんもうれしそう。
明くんと知り合うまで、笹野商店の前を素通りしていた。垢抜けない古ぼけたスーパーだなあと内心では見くだしていたけど(ゴメンナサイ)、中に入ってこれまで来なかったことを後悔した。
見事な品揃えで、しかも安い。「自炊欲」を刺激されるのだ。
入り口には「夢野産食材を応援するお店」と木彫りの看板がある。
野菜コーナーには土のついたままの里芋や不ぞろいなきゅうり、葉が勢いよく茂ったほうれん草が並ぶ。生命力があふれすぎて不恰好になった感じ。ユキノシタ、ウドなど山菜もあって、親切にレシピも貼り出されている。
鮮魚コーナーには夢野市が面する港に近い場所で水揚げされた魚が、敷き詰めた氷の上で光っていた。
果物売り場には「庭先果実のもったいない市」というコーナー。近所の家庭でとれたレモンやゆずが1袋100円で売られ、「収益は地域活動に還元します」と書かれている。
「高齢化でほったらかしの畑や、普通の家の庭になった果樹の実がもったいないから、ご近所さんで話し合って売り物にしようってことになったみたいで」
わたしが一袋手に取ると、明くんが寄って来て言った。夢野市って本当に豊かなところなんだなあ。コラムのネタがまた増えた。
「今からハルコさんとこ行かない? お姉さんが朝ごはんをおごってあげようではないの」
かわいい弟分につい世話を焼きたくなる。
「あざーす。でも、今日は忙しくて抜けられそうもないっす」
首に巻いた白いタオルで汗をぬぐっている。
若造が一人前なことを言うようになったんだから。人は役割を与えられると、見る間に成長するんだなあ。
「うちの店、捨てたもんじゃないって分かったの、全部、莉子さんのおかげっす」と頭をかく。
「がんばってね。また来るね」
手を振って店を出たとき、見覚えのある女性が店内を覗き込んでいた。
濃紺のパンツスーツに、ヒールの高いパンプス。前下がりのボブにふちのないメガネ姿は夢野には似つかわしくない、いかにも有能なキャリアウーマンだ。
買い物はしないのかな。
どこで会った人だっけ。
(明日の朝につづく)
今日のおすすめ記事「新鮮な”きゅうり”で作りたい!朝ごはん6選」
(ストーリーに関連するおすすめレシピや記事をご紹介します♪)
笹野さんのお店の「生命力がありすぎて不格好なきゅうり」ハリがあってみずみずしくて、おいしそうですよね♪
これから旬になるきゅうりは、洗うだけでしゃきっと美味しく食べられる、春夏におすすめの朝ごはん食材!蒸し暑さを感じたら、ヘルシーなきゅうりをたっぷりつかった、爽やか冷たい朝ごはんレシピはいかがですか?
(この小説は毎朝4時更新です。続きはまた明日!)
★この物語の登場人物
波多野莉子(はたの りこ)・・・一人暮らしのフリーライター。30歳。夢野市で生まれ育つ。
ハルコ・・・朝ごはんだけを出す「カフェ あした」の店主。34歳。莉子に慕われている。