(この物語のあらすじ)
フリーライターの莉子は、店主のハルコさんがおいしい朝ごはんを作る「カフェ あした」の常連客。東京から遠く離れた架空の小さな街・夢野市で、愉快な人びとや魅力的な食材が出会って生まれる数々の出来事。
そんな日常の中で、主人公の莉子が夢をかなえる鍵を見つけていきます。第6週は「ふるさとが呼んでいる」。
第42話:最高においしい卵かけご飯
(第6週:ふるさとが呼んでいる)
7時の開店まであと10分ほど。窓をのぞくと、ハルコさんが薄暗い店内でひっそりと準備をしている。
しばらく外で過ごそうと待っていたら、ハルコさんがこちらに気付いて扉を開けた。
「あなたが明くんね。おかえりなさい」
「あ、はい、どうも……」
明くんは落ち着かない様子で、店内を見渡した。
「莉子ちゃん、入ってくれていいわよ。もうお店あけるところだから」
ハルコさんは、小さくウインクして、店の中へ戻っていった。明かりがつくといつもの「カフェあした」へと息を吹き返した。
わたしがカウンターに座ると明くんはおずおずと隣に腰掛けた。2人で黒板を見上げる。
〈卵かけごはん、すまし汁、セリのゴマ和え〉
大きめの丼鉢にほかほかのご飯。
少しくぼんだ真ん中に、透明の白身とこんもり盛り上がった黄身を落とす。光が反射して、炊き立てのお米も生卵も、まぶしく輝いている。
早起きして歩いたからか、いつにもましてお腹が空いた。明くんも早く食べたいとばかりに手際よく醤油をご飯の上にぐるりとかけた。
「いただきます」
同時に手を合わせて、わたしも明くんも黙ってかきこむ。
おいしいなあ、卵かけご飯。おいしいという言葉以外、見つからない。
「おかわりもらえますか」
明くんはお茶碗を差し出した。このカフェでおかわりをする人は初めて見た。ハルコさんはうれしそうにご飯をよそう。
「はい、これサービス。朝一番のお客さんだから特別ね」
差し出されたもう一つの卵。赤茶色の殻の卵は、大ぶりで重量感があり、いかにも栄養がぎっしりと詰まっていそうだ。
「ぼく、卵かけご飯をしょっちゅう食べてたんです。レトルトのご飯を電子レンジであたためて、生卵もコンビニで買ってきて」
明くんは慣れた手つきで卵をテーブルの角に叩きつけてコツンと割る。
「でも、味がまるっきり違う。マジでうまい。俺、東京でなに食ってたんだろう」
語尾がすこし涙声になった。そしてまた黙々と食べ続けた。
そのとき、扉が不意に開いた。笹野さんが立っていた。
「ハルコさん、釣り仲間が魚を持ってきたんじゃけど……」。
明くんを見つけると、ホッとしたような照れたような目をした。
「おう、明、おかえり」
明くんはどんぶりに顔をうずめたまま、片手を少しだけ挙げて笑い返した。
(明日の朝より第7週がはじまります。どうぞお楽しみに!)
今日のおすすめ記事「“卵かけごはん”のチョイ足しアレンジ10選」
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父と息子の久しぶりの再会!笹野さんにつられて、なんだかこちらも照れくさくなってきちゃいますね。
明くんが大好きという卵かけごはん。ハルコさんのつくる卵かけごはんのおいしさにびっくりしているようですが、素材にこだわるだけでなく、「チョイ足し」しても、たまごかけごはんをおいしくすることができますよ♪簡単アレンジ、お試しあれ!
(この小説は毎朝4時更新です。続きはまた明日!)
★この物語の登場人物
波多野莉子(はたの りこ)・・・一人暮らしのフリーライター。30歳。夢野市で生まれ育つ。
ハルコ・・・朝ごはんだけを出す「カフェ あした」の店主。34歳。莉子に慕われている。