(この物語のあらすじ)
フリーライターの莉子は、店主のハルコさんがおいしい朝ごはんを作る「カフェ あした」の常連客。東京から遠く離れた架空の小さな街・夢野市で、愉快な人びとや魅力的な食材が出会って生まれる数々の出来事。
そんな日常の中で、主人公の莉子が夢をかなえる鍵を見つけていきます。第3週は「女友達と待ち合わせ」。
第20話:4本のバナナ
(第3週:女友達と待ち合わせ)
「もしもし、片平ですけれど」
よそいきの声で電話に応じた由美の顔が一瞬くもった。わたしまで思わず身構えてしまう。
「えっ」と硬い声を出して驚いたと思うと、「申し訳ありません。はい……、はい」とすまなさそうに詫びている。
小学校から午前中のこんな時間に何のようだろう。遥ちゃんになにかあったのかな。
「はい、迎えに行きます。え?バナナをですか?あははは、そうですか。分かりました。すぐに行きます。ありがとうございます」
通話を切った由美は、とほほ、という表情で笑いながら言った。
「うわさをすれば、だわ。どうしようもない内輪ネタだからコラムには使えないけどね」
「遥ちゃん、なにかあったの?大丈夫?」
「校庭で全校集会をしている途中にめまいがして座り込んだのだって。頭を打ったわけでもないし、保健室で横になってみたい」
「まだ春だから熱中症でもないし、もしかして低血圧?」
「違うわよ、空腹に耐えかねてふらついたのよ。困ったものだわ」
由美はあきれたという表情をして、カップの底に残っていた紅茶を一気に飲み干した。
「先生がね、今日の給食の献立からバナナを抜き出して食べさせてくれたらしいわ。先生の分も合わせて4本も」
若いなあ。食べ終わったバナナの4本分の皮が積み重なっている画が頭に浮かぶ。
「あの子、お灸をすえなきゃな。とりあえず迎えに行ってくる。莉子、今日せっかく会えたのに、ごめんね」
腰を半分浮かして、両手で拝むポーズをした。
「夢野小学校でしょう?」
「うん」
「じゃあ、すぐ裏手じゃない。わたし、待ってるよ。このお店、11時まであいてるから」
客は出たり入ったりしているが、2、3人がいる程度だ。
「どうぞ、ゆっくりしていって」
様子を察して、ハルコさんはわたしと由美の両方に言った。「じゃあ、ごめん。莉子、待っててくれる?娘を連れてこちらに寄ります」
由美は最後の言葉をハルコさんに向かって言うと、バッグを肩にかけて早足に店を出て行った。
(明日の朝につづく)
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(この小説は毎朝4時更新です。続きはまた明日!)
★この物語の登場人物
波多野莉子(はたの りこ)・・・一人暮らしのフリーライター。30歳。夢野市で生まれ育つ。
ハルコ・・・朝ごはんだけを出す「カフェ あした」の店主。34歳。莉子に慕われている。