(この物語のあらすじ)
フリーライターの莉子は、店主のハルコさんがおいしい朝ごはんを作る「カフェ あした」の常連客。東京から遠く離れた架空の小さな街・夢野市で、愉快な人びとや魅力的な食材が出会って生まれる数々の出来事。
そんな日常の中で、主人公の莉子が夢をかなえる鍵を見つけていきます。今日からはじまる最終週(第8週)は「種をまく」。
第50話:クラッカーをかじりながら
(最終週(第8週):種をまく)
カフェあしたのドアの取っ手にぶら下がった「CLOSED」の看板を眺める。
広げた傘に、大粒の雨が叩きつける。心にぽっかりと穴が空いたようだ。
なんだろう?
初めての事態に胸騒ぎがする。ハルコさんに何かあったの?このまま閉店しないよね?
当たり前だと思っている景色のありがたさは、なくなって初めて気付くものだ。
朝が来ること、ご飯を食べること。
生きている限り、ずっと繰り返される日常。
朝ごはんを食べなければお腹が空く。何も口にしないで一日を過ごすなんて、修行僧になって断食する覚悟がなければわたしには絶対ムリだ。
5月も終わりかけというのに、降りしきる雨で肌寒くなってきた。吹き付ける水滴が、地面に跳ね返って足元が冷たい。
バケツをひっくり返したような雨とはこんな天気を言うのだろう。
迷いとか焦りとか、黒い気持ちが渦巻く日の雨って、身に滲みるなあ。全部、洗い流してくれたらいいのに。
行くあてもなく、自宅のマンションに戻る。
ゴーストライターの仕事を引き受けて上京することになったら、住み慣れたこの家ともサヨナラか。涙ぐんでしまう。
部屋に着いて服を着替えた。ベランダから外を見ると、雨足は収まっている。
なあんだ、もう止んだのね。タイミング悪かったな。ついてない。
クラッカーをかじりながら、窓を開けて小さなベランダへ出る。鉄塔が2本そびえている山に目をやると、薄い虹がかかっていた。
雨上がりの虹。
根っこを掘るとお金が埋まっていると言っていたのは誰だっけ。きれいな七色を見ても、お金のことを考えてしまうって心が曇りすぎているかな。
そのとき、低いうなり声を上げてスマホが振動した。ハルコさんの妹、ケイさんからだ。
「記事、けっこう評判が良くてさ、夢野市の公式ブログを書いてみない?
広報誌も全面的に刷新する。ぜひ市民記者として書いてほしい。例によって謝礼は少ないんだけど……」
普段のわたしならうれしくて飛びついたかもしれない。でも今日は、空腹のせいか喜ぶ元気もない。
「そんなことより」
「そんなことって」
ケイさんの戸惑う様子が手に取るように分かる。
「カフェあした、どうして臨時休業なんですか?」
「ああ、もう大丈夫だと思うよ。念のため休んだだけだから」
平然としたケイさんの声に苛立ってしまう。
「わたしの、いや、夢野市民の心のオアシス、カフェあしたが休みになると、困ります!」
「良かったらお見舞いしてやってくれない?」
「お見舞いって、ハルコさんどうしたんですかっ!」
(明日の朝につづく)
今日のおすすめレシピ「クラッカーに合う!クリームチーズディップ」
(ストーリーに関連するおすすめレシピや記事をご紹介します♪)
「カフェあした」の朝ごはんにありつけなくて、おうちでクラッカーをかじる莉子…そんな莉子に教えてあげたい、元気になれそうな「ガーリッククリームチーズディップ」をご紹介します♪クラッカーにもパンにもあうので、朝はもちろん、おつまみにも◎ですよっ。
それにしてもハルコさん、どうしちゃったのかな…明日の朝が待ちきれません!
「パンやクラッカーに最高!ガーリッククリームチーズディップ!」(by:トイロさん)
(この小説は毎朝4時更新です。続きはまた明日!)
★この物語の登場人物
波多野莉子(はたの りこ)・・・一人暮らしのフリーライター。30歳。夢野市で生まれ育つ。
ハルコ・・・朝ごはんだけを出す「カフェ あした」の店主。34歳。莉子に慕われている。