(この物語のあらすじ)
フリーライターの莉子は、店主のハルコさんがおいしい朝ごはんを作る「カフェ あした」の常連客。東京から遠く離れた架空の小さな街・夢野市で、愉快な人びとや魅力的な食材が出会って生まれる数々の出来事。
そんな日常の中で、主人公の莉子が夢をかなえる鍵を見つけていきます。第6週は「ふるさとが呼んでいる」。
第38話:作る人、売る人
(第6週:ふるさとが呼んでいる)
「ハルコさんが困るってどういうことですか?」
干物はあらかた食べ終え、ご飯もわずか。きゅうりかにんじん、浅漬けはどちらから食べようか迷いながら話しかける。
「笹野さんの店は夢野市の食材をたくさん置いてくださるの。駅前のスーパーは流通経路が違うから、地元でとれたてのおいしい農産物がいかないのね」
自慢ではないが、就職してからきちんと自炊をしたことがない。
コンビニ弁当やファストフードで済ませてしまうことも多かったし、たまにスーパーで買い物をしてもどこで採れた作物かなんて考えずに買っていた。
「夢野のお百姓さんが大切に育てた野菜やら米やら、ちゃんと値打ちを分かって売ってやりたいのや。
世間じゃ有機や無農薬やと安全な作物を作りましたってアピールして売っておるじゃろ。農薬を減らすとか元気な土で育てるとか、そんなことは夢野じゃあ半世紀も前から、あったりまえのこと。
農家は自分で作って食べるから、味が落ちるようなことはできるだけしたくないもんね」
穏やかな笹野さんの鼻息が荒くなってきた。優しい顔の下には、煮えたぎるような夢野への情熱が見え隠れする。
ハルコさんの広すぎる人脈は謎だ。2人には同じにおいを感じる。
ハルコさんの朝ごはんが、シンプルなのにおいしいのは食材が新鮮だからかもしれない。
これまでわたし、自分の食べ物がどこからどんなふうにやってくるのか、ちっとも興味がなかったなあ。
ゆっくりと、腰を落ち着けて、食べ物を味わう。人間らしい営みの幸せに気付いたのは、30代になったからかな。
「けどワシも65歳、世間のサラリーマンはとっくに退職しとる。学生時代の仲間は、趣味で写真撮ったり川柳詠んだり、悠々自適の暮らしよ。
うちは自営業じゃからね、ゴールがない。仕事は生きがいでもあるし、生涯現役も悪くはないけど……」
「息子さんは、たしか、アキラさんでしたよね」とハルコさん。
「そう、誰に似たのか、頼りない息子でね」
(明日の朝につづく)
今日のおすすめレシピ「とれたての野菜が手に入ったときは、これ!バーニャカウダ」
(ストーリーに関連するおすすめレシピや記事をご紹介します♪)
地元でとれたお野菜って、収穫してからの時間が短いし、とれたてで新鮮で、きっとおいしいはずですよね。いまは新鮮なお野菜のお取り寄せも可能だけれど、今日は帰りに、駅前の八百屋さんを、ちょっとのぞいてみようかな?
さて、とれたてのお野菜は、やっぱり生のまま、豪快に味わいたいもの!そんなときは、こんなバーニャカウダソースをおぼえておくと、とっても便利ですよー♪にんにくが気になる方は、休日のブランチにいかが?
「おもてなしバーニャカウダ♪」(by:みぃさん)
(この小説は毎朝4時更新です。続きはまた明日!)
★この物語の登場人物
波多野莉子(はたの りこ)・・・一人暮らしのフリーライター。30歳。夢野市で生まれ育つ。
ハルコ・・・朝ごはんだけを出す「カフェ あした」の店主。34歳。莉子に慕われている。