(この物語のあらすじ)
フリーライターの莉子は、店主のハルコさんがおいしい朝ごはんを作る「カフェ あした」の常連客。東京から遠く離れた架空の小さな街・夢野市で、愉快な人びとや魅力的な食材が出会って生まれる数々の出来事。
そんな日常の中で、主人公の莉子が夢をかなえる鍵を見つけていきます。第2週は「おにぎりに恋をして」。
第13話:話してみれば
(第2週:おにぎりに恋をして)
ヨンヒちゃんは黒い前髪を一直線にそろえた、色の白い気弱そうな女の子だった。部屋着とみられる灰色のパーカーを着て、化粧っけのない顔をしている。
若さのせいかシミ一つないゆで卵のような肌。陽の光にあたっていないもやしの白を思い出させた。背景には嵐のポスターが貼られていて、角が少し取れてはがれかけていた。
黒縁のメガネの奥に光る黒い目がくるくると動いたと思うと、みるみる涙がせり上がった。
「おばさん、ゴメンナサイ」
ヨンヒちゃんががっくりとうなだれた。「ワタシ、ドウシタライイカ、ワカラナクナッテ、ルスバンシテマシタ」
「留守番?」。わたしが言った。
「マイニチ、イエデ、インターネットシテ、ダレニモアワナイデ」
「あー、引きこもりね」。ハルコさんがすかさず突っ込みを入れた。
「ソウデスカ、ヒキコモリ、ヒキコモリ……、ニヒキノコウモリ?」
ハルコさんが、画面におにぎりを映して言った。
「これ、ヨンヒちゃんが植えて行ったエゴマから採れた種で作ったんよ。去年の春に植えたエゴマが種になったよ」
「すごくおいしいです。ヨンヒちゃん、ありがとう」とわたしは言った。
「オニギリニタネ。スゴイデス!」
「たくさん種がとれたから、今年もつくろうかって話してるの。わたすらみんな、待ってるよ。ヨンヒちゃん、帰っておいで。韓国料理、教えてちょうだいや」
画面いっぱいにヨンヒちゃんのメガネが映った。
近いっ!と驚いた瞬間、画面が真っ黒になった。ヨンヒちゃんはカメラに向かって頭を下げたらしい。
「……ハイ、カエリマス。スミマセンデシタ」
ヨンヒちゃんが机に両手を勢い良くつくと、カメラが小刻みに揺れた。
「オンマー!(お母さん)××××××」
叫びながら立ち上がり、転がるように奥に映っていたドアを開けて部屋を出て行った。
嵐のポスターの下には、日に焼けた光GENJIのポスターが貼られていた。ハルコさんとわたしは、思わず目を合わせて吹き出した。
「あの子の部屋、そのままにしてあるから。掃除せにゃいかんわ。ああ、忙しい」
前田さんは、やれやれとため息をつきながらも、ほっとした顔でお茶を飲んだ。
「ねえちゃん、もう行くわ」
ケイさんが四角いリュックサックを担いで言った。そうだ、まだ挨拶していなかった。
「あのう、波多野莉子っていいます。カフェあしたに通い始めてまだ2ヶ月もたたないんですけど」
恐る恐る話しかけてみる。
「あなた、どうしてパソコンを持ち歩いてるの」
「あ、これは。一応、ライターだからです。フリーでライターしてます」
やや考えるような間。次の言葉を探して言葉を飲み込んでいると、ハルコさんが助け舟を出した。
「莉子ちゃん、ごめんね。うちの妹ってば効率主義、思ったら一直線で。我が家ではアルゴリズム女って呼ばれてるのよ。長所にして短所なのよねえ」
い、妹……?
(明日の朝につづく)
今日のおすすめレシピ「意外な美味しさ♪チーズおかかおにぎり」
(ストーリーに関連するおすすめレシピや記事をご紹介します♪)
今日のお話のエンディング…ちょっと意外な展開に、びっくりした方も多いのでは!?ということで今日は、意外な組み合わせだけどとってもおいしい、アレンジおにぎりレシピをご紹介します♪
「意外な美味しさ♪チーズおかかおにぎり」(by:高羽ゆき(handmadecafe)さん )
(この小説は毎朝4時更新です。続きはまた明日!)
★この物語の登場人物
波多野莉子(はたの りこ)・・・一人暮らしのフリーライター。30歳。夢野市で生まれ育つ。
ハルコ・・・朝ごはんだけを出す「カフェ あした」の店主。34歳。莉子に慕われている。