「まぁ、疲れちゃったのよね」
「私も彼も限界に達して同棲を解消したら、最初は絶望でしかなかったのに、すぐに、こんなに生きるのが楽だったんだって気付いた。
調子を取り戻しかけたとき、今のダンナが声をかけてきたの。復活してきたとは言え、生きるか死ぬかの大恋愛した後で、誰も素敵には見えないし、もう恋愛は少し休もうと思っていたところだった。あまりにダンナがしつこいので、OKしたの」
安子の結婚式のこと、思い出していた。
穏やかな顔をしている彼の隣。正直なところ、安子の表情をあまり覚えていない。
「ものすごく好き!という感覚もないまま、でも穏やかで、この人と結婚しちゃおうって思って、私からプロポーズしたのよ」
「なにも知らなかった」
考える間もなく、ぽつりと言葉を放った。
「そう、若くして結婚するのに、逆プロポーズっていうのも悔しくて」
安子は穏やかに笑い声をあげて、いまスッキリしたわ、と言った。
身も心ももっていかれるような経験のあと、パートナーに出会ったのか。その歴史をなんだか愛おしく感じた。
「ダンナのその時の喜び方は忘れられない。いまはさ、私のなすことに小言ばっかりでうんざりなんだけどね。ため息つきたくなるような時は、その時の笑顔を思い出すようにしてる」
情熱的に愛した人と結ばれるのと、冷静にいられる人と結ばれるのと、どちらが幸せかなんて答えはない。
言えるのは、いま近くにいる人を幸せにしようとするその心が尊いのだ。
(この小説は、毎朝4時更新です。続きはまた明日!)
物語の登場人物
佐藤奈美(30)特許取得を専門とする弁理士事務所に勤める事務員。
結城紗江(30)中堅劇団の舞台女優。奈美と大学サークルの同期。
森野由加利(30)投資銀行に勤めるキャリアウーマン。奈美と大学サークルの同期。
近藤安子(30)専業主婦。一児の母。奈美と大学サークルの同期。
遠野裕也(30)紗江の大学時代の恋人。
伊藤慶太(34)奈美の行きつけの美容室のスタイリスト。