先日、ヨガ友だちの前で、

「私、プラクティス嫌いなんだよ」と言い放った私。

この場合、毎日のヨガのプラクティスということなのですが、

ヨガに限らず、水泳にしても、演劇にしても、美術にしても、練習が大の苦手でした。

練習が苦手だったから、物にならなかったし、

練習をしなかったから、要領よくできちゃったということもあります。

ヨガのアサナが心地よいことのは紛れもない事実なのですが、

プラクティスと考えた途端、時間がもったいなくて、他のことに費やしたくなります。

でもヨガの場合、世界観が広いので、何が練習で、何が本番か、分からないところです。

一瞬一瞬、ヨガ哲学とともに生きていますが、特別プラクティスと思っていません。

が、マットの上でのアサナのプラクティスとなると、ときに億劫。

時空を越えて存在している私のはずが、

場所や時間に縛られたときの不自由さがたまらなく苦しいのです。

それでも、毎日やります。

なぜ毎日やるのかというと、

それは、身体と心と精神すべてが、一瞬一瞬、出来る限り最高の形で在りたいからです。

いつも正しい判断や選択をしたいし、先見の目を持って物事を観ていきたいし、

とくに初めての仕事では絶対に失敗したくないです。

最高の状態で、遊びたいし、学びたいし、人と会いたいし、仕事をしたいからです。

身体と心と精神は常に変化しています。

身体と心と精神は常に変わり続けるというのが、唯一の不変的なことです。

その変わり続ける、身体と心と精神をいかに使いこなすかが、

世の中うまく生きていく秘訣、人生楽しむ秘訣だと思うのです。

だから、毎日、アサナ(ポーズ)と瞑想を使って、

今の身体と心と精神はどんな状態か、

この身体と心と精神なら、今日はこんなふうに使っていこうとか、

今日は大事な仕事があるから、この状態に持っていきたいなとか、

自分の使い方を決めます。

古典的なヨガの修行者や熱心な信仰者ともなれば、

ヨガの目的は?生きる目的は?と聞かれたら、迷わず「解脱!」と答えるでしょう。

でも、社会の中で暮らす私たちは、解脱が本当に必要なのか分かりません。

それよりも、もっと世の中で成功したいとか、幸せになりたいとか、

具体的な目標を達成する方が、生き甲斐を感じる人がほとんどだと思います。

その生き方を通して、私たちは解脱に向かっているのかもしれません。

どんな生き甲斐があったとしても、ヨガは方法になります。

アサナによって身体を調節し、ヨガ哲学によって考えを正し、

呼吸法や瞑想によって心の調和を図ることができます。

いわば、あらゆる方向から、あらゆることに適応できる成功哲学です。

目標ややりたいこと、成し遂げたいことがある人ほど、ヨガの重要性は大きく感じられます。

リラックスするだけのヨガももちろんOK!ですが、

そもそも、ヨガは人生の成功法であることを忘れてほしくないと思います。

ヨガをするだけで満足してしまうのはもったいないです。

ヨガをすることが目的とならないように、

もっともっとヨガを方法としていろんなところで試してほしいと思います。

そして、ヨガをしているからという理由だけで、

スピリチュアル的発想にありがちな、

棚ぼた的成功を授かろうとか、天からメッセージが降りてきたとか、

そういった間違いも犯してほしくないです。

そんなのあるわけないわい!

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ヨガインストラクター新関あや シンプル・ヨガライフ[更新終了]

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Written by

新関あや

YOGA ME!代表
ヨガティーチャー

ヨガ大好きのヨガマニア。山形出身。ヒマラヤ山中でのヨーガ修行を経て、東京都内でのヨガクラスのほか、山形「やまがたヨガ塾」「ヨガとお蕎麦の会」、姫路、仙台、愛媛、岡山、広島を中心に全国でヨガを広める。ポーズだけでなく、呼吸法・ヨガ哲学・瞑想を含め、トータルでのヨガの実践を大切にする。インド・プネにてウパニシャッド時代からの古典的なアーユルヴェーダを学ぶ。ヒマラヤでのヨガ修行の模様を収めた写真展「チベット・カイラス写真展」が全国巡回中。登山専門誌「山と渓谷」にて‘ヨガトレ’連載中。ライフスタイルマガジン「La piccola」で ’ヨガ旅’を連載中

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