先生/田村照子(文化学園大学名誉教授、同大学院特任教授)
皮膚からは、常に水分が出ている!?
——–発汗によってからだがクールダウンできることもあれば、無効な汗によってからだがストレスを感じることもある…。汗の効用を充分に発揮できるかどうか、その分かれ目は”汗の蒸発”にありました。今回は、暑い日に適した衣服について、田村照子先生にお伺いします。
「吉田兼好が書いた、日本三大随筆のひとつ『徒然草』にこんな一節があります。『家の作りやうは、夏を旨とすべし』。冬はいかようにも過ごせるので、夏の暑さを基本に家をつくるべし、とのことですが、衣服にも同じことが言えます。冬は服を重ねれば、寒さはしのげますが、夏は、露出や薄着の程度にも限界があります。ですから、夏に適した衣服の素材やデザインを知っているかどうかで、涼しさや快適さは変わってくるのです。
暑いときに汗が出るのは、発汗によって皮膚表面の温度を下げるのが、大きな理由です。そして、皮膚温度を下げるためには、汗の”蒸発”が必要不可欠です。
これは夏の衣服を考えるときに常に念頭に置くべきこと。夏を快適に過ごすためには、「汗を吸収しやすい」「汗を速く蒸発させる」衣服を選ぶことが、ポイントです。汗の蒸発を妨げるようなデザインや素材は避けるべきでしょう。
これは、何も大粒の汗をかいているときに限りません。人の皮膚には、たくさんの汗腺が開孔していて、汗をかいていない時でも、無意識のうちに皮膚から水分が蒸散しています。これを不感蒸散といいますが、このような水蒸気の蒸発でも体温調節は行われているのです。ですから、夏の衣服は、たまっていく汗だけでなく、不感蒸散のような水蒸気の蒸発も促すものが、望ましいと言えます。では、重要な項目をキーワード別に見ていきましょう。
素材は…?デザインは…? 快適な夏服選びのポイント!
【通気性】
汗を蒸発させるうえで、衣服のなかを”風”が通るよう心がけることは、マスト。体熱で温められた衣服内の空気は、風を通して、対流しますし、汗を早く蒸発させるという意味でも、通気性が大切。
衣服の中に風を通すには、”デザイン”と”素材”の2方向から考えることができます。夏のアウターのデザインは、襟元や袖口、裾など、衣服の開口部にゆとりがあるデザインを選ぶとよいでしょう。風の通り道ができ、そこから換気できるので、放熱しやすくなります。扇子で仰いだときなどに、衣服と肌の間にすーっと風が通るような、ゆとりのある服が理想ですね。
一方、素材の通気性ですが、日本では昔から、盛夏には麻が愛用されてきました。麻は、通気性がよいばかりではなく、素材にハリがあるので、肌に張り付かず、皮膚と衣服との間に空間ができて風が通りやすく、糸の密度を荒くしても、ヨレない丈夫さもあります。麻を使った衣類はいろいろありますが、今はリネンのワンピースやトップスなどが人気のようですね。
【透湿性・吸湿性】
皮膚から無意識に出ている”不感蒸散”のような水蒸気を、衣服を通して外に出すためには、”透湿性”が優れている素材を選ぶことも重要。透湿性とは、水蒸気が繊維と繊維の間にある隙間を通過して、外に出ていくことが基本ですが、なかには、いったん繊維に吸収(=吸湿)されて、そこから外に出されるもの(=放湿)もあります。
“吸湿性”は、繊維によって大きく異なり、それによって透湿の効率にも差が生じます。汗をダラダラかくほどではないけれども、やや暑さを感じ始める気温の日には、”吸湿性”の優れた素材を選ぶと、快適に過ごすことができますよ。
一般的に吸湿性に優れた素材を挙げるなら、羊毛、麻、綿などの天然繊維です。吸湿性を示す公定水分率(気温20℃、湿度65%の環境条件で、測定された水分率)では、羊毛などの動物性繊維が15%ともっとも高く、綿は8.5%しかありません。羊毛が”呼吸する繊維”と呼ばれる所以(ゆえん)ですね。
ところが、発汗時のように衣服内の湿度が95%と高くなると、綿や麻などの植物性繊維、レーヨンなどの再生繊維は吸湿性が急に上昇し、なんと羊毛よりも高い吸湿性を示すようになります。吸湿性とは、決して一定ではなく、繊維を取り巻く環境によって、こんなにも変わるのです。
では、合成繊維の吸湿性、透湿性はどうでしょうか。一般的に合成繊維は、吸湿性が悪いとされる素材。ナイロンやアクリルなどは、まだいいほうですが、ポリエステルの吸湿性は、ほぼゼロに近いくらいです。
ただし合成繊維の素材でも、繊維と繊維のすき間を大きくすれば、水蒸気はその間を通り抜けることができるので、透湿性は高くなります。合成繊維でつくられた夏の衣服は、光にかざすと透けるくらいに薄くつくられたものが多く見られますが、それは透湿性を高め、水分を蒸発させるための工夫なのです。
と、ここまでは、”吸湿性”の話です。ときどき”吸湿性”と”吸水性”がごっちゃになっている方もいるようですが、吸湿性はあくまで繊維に”水蒸気を吸収する”性質のこと。水を吸収する”吸水性”とは、メカニズムが異なりますのでご注意を。吸湿性が、ほぼゼロに近いポリエステルも、加工しだいで吸水性のいい素材に仕上げることができます。
—-同じ夏でも、ゆるやかな暑さ、大汗をかくような暑さなど、気温や湿度を含めた暑さの度合いによって、衣服の対策も変わってくるのですね。特に、湿度によって、繊維の吸湿性が変化するとは…驚きです!
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田村照子 (文化学園大学名誉教授、同大学院特任教授医学博士(東京医科歯科大学))
お茶の水女子大学大学院家政学研究科修士課程修了。順天堂大学助手、文化学園大学教授、同大学院 生活環境学研究科長を経て、現職。衣服の機能性に関する分野を人々の生活に役立つ学問領域にしたいと、医学の知識を生かしながら「温熱」「形態と運動機能」「皮膚の生理」を中心に研究。日本を代表する被服衛生学研究の第一人者に。著書に『衣環境の科学』、『衣服と気候』(気象ブックス)など多数。
取材・文/大庭典子(ライター)